8月6日ファックステーマ「生きる」

6日のテーマに関しては、メールでも大変たくさんの意見がよせられました。

ここに、ページをつくって、掲載させてもらいます。


もこさん、千恵さんの訃報を知り残念な思いでいっぱいです。

実は私も、移植患者です。

母からの生体腎移植で、もう10年も経ちました。

初めて千恵さんの話を伺った時、手術費用の高額なことに驚きました。

私たち腎臓移植者は保険が適用されるので、全くお金がかかりませんでした。

臓器が違うだけで、移植を受けて元気になりたい気持ちは同じなのに、なんて

不公平なんだろう・・・そう思いました。

たくさんの方からの善意が集まり、千恵さんが手術を受ける事ができた時

日本でも、移植に対してきっと、もっともっと理解が深まる!

そんな想いと千恵さんの手術の成功を祈りました。

医学が進歩した今でも、移植=生きるっと行かないのが悲しい現実です。

最近、自分が生きていることを、当たり前のように生活してきました。

浜川さんが、『生かされている』っという言葉を話されてますが・・・・

ドキっっとしました。母のおかげ、周りの人の優しさ、理解・・・

そのお陰で今の私が生きている事を、私は忘れていました。

千恵さんもきっと、もっと生きたかったはずですよね。

当たり前のように、毎日をなんとなく生きてた私を目覚めさせてくれるにはあまりに悲しい結果ですが、生かしてもらうチャンスをもらったのですから

大事に、しっかりと生きていこうと思います。

千恵さんのご冥福をお祈りします。

                                由美子


本来は木曜日にヒルアベを聞くことはないのですが、その日は偶然放送を聞く事が出来ました。

その日は、妹が病院に行く日だったのです。

私の運転で父を乗せて妹を乗せて、病院に行く途中に聞いてたんですよね。ヒルアベを!

月に一回何度か病院に通ったのですが、先生の許可を得てその日以来妹の病院通いは無くなりました。

ホント良かったです。涙が出るほど嬉しいです。

あの当時は、すごく息苦しい生活でした。

父も病院通い、妹も病院通い。

自分の生活をどうしたら良いか解らずに・・・・・・・・。

かなり精神的にも追い込まれていました。

友達にも電話したりしましたが、私の愚痴は聞いてくれても(当然)生活を改善してくれる事は出来ず、

もちろん毎日電話することも出来ません。

かなり精神的に辛かったです。

そんな時にもこチャットとの出会いがありました。

みんな良い人ばかりで、通常の生活からじゃ出会えない人の考え方をいっぱい教えてもらいました。

自分の考え方が一回りも二回りも大きくなれた気がします。

先日友達の家に電話しました。

彼女に言われました。「この前より落ち着いてるって・・・」「前回はかなり追いつめられてったって・・・」

彼女に「今、チャットにはまってて、とっても楽しいんだ」って言いました。

精神的に落ち着く事ができたのは、もこチャットのおかげです。もこさんのファンのおかげです。

ありがとう。

本当は8月8日、富山に行ってもこさんとお話しがしたかったです。

行けなくなっちゃったんですが(涙)

そのうちラジオを買って(毎日)ヒルアベが聞けるようになるといいなぁ〜、って思っています。

そう言えば、母の日の特集(←忘れちゃったけど、お母さんの事のFAXを読んでました)

感動しました。運転中だったけど涙が止まりませんでした。

私、ずーと、一人ぼっちだと思ってたけど、今はちゃんとお母さんがついていてくれるような気がしてます。

お母さんの分まで、頑張らなきゃっ!!

                               Aちゃん



今日のテーマ「生きる」とても難しいテーマですね。 ホームページみました。生きたくても生きられなかった人がいるとおもうと 自分のしたことを恥ずかしくおもいます。

私は、一つの命を絶ちました。 「生きたい」と思っていたかもしれないのに、 自分が「生きる」ために、これから「生きていく新しい命」をたちました。 ただ、自分が殺してしまった罪悪感から、 自分も生きていけない。死なせてほしいとノイローゼ気味になり 何度も、死のうとしました。 その時に「おまえが生きていかなかったら、誰があの子を思い出してやるんだ」 「あの子に悪いと思うなら、ちゃんと生きて償っていけ」といわれました まだ、「生きているんです」

自分の罪をこれからずっと背負ったまま生きて行かなくてはいけません。

                               NANACHAN


今日のFAXテーマ「生きる」についてですが、この間うちの母が新聞を読んでいた

らすごく気に入った俳句があったそうです。

うちの仕事柄(表具屋)から、そう言う詩だの俳句だのに目が行きやすく、いつもい

い物があると僕に教えるのです。

しかし聞かせるだけでは物足りないらしく、とうとううちに来る若い仮名をやって

らっしゃるお客さんに頼んで、色紙に書いてもらったんです。

その色紙を見ては「私もこんな事言ってもらいたかった」などと言っております。

その書いてもらった句とは、

「 死のうかと ささやかれしは 蛍の夜 」

この詩は90歳くらいになるおばあさんが詠んだ句らしいです。

どうですかもこさん?

                       新潟県小千谷市 表具屋の倅 


Subject: 原爆爆発か?!?!(長いよ!)

もこさんへ

 今日は広島に原爆が投下された日ということでTV番組で特集があり、原
爆が投下された時、どのようなことが起こったのかを検証していました。爆
発の初期は中性子線やガンマ線によって人体の細胞が破壊されること。強烈
な熱線によって現在の原爆ドームを覆っていた銅板が解けてしまったこと。
衝撃波によりスレート葺きの屋根が上から押しつぶされたこと。などをCG
を使って詳しく説明していました。

そんなとき、

        ずどん!!

              という窓ガラスが揺れるほどの衝撃音が聞こ
えました。

一瞬TVの中で起こっている原爆の爆発が実際に起こったのでは!?!? と思
えるほどで
      ドキッ!!  
             としました。
 ちょうどここ長岡では8月2,3日に行われる予定だった花火大会が雨で
順延となり今日と明日にわたって行われておりました。窓を揺らす音は30
号花火(三弱玉ではなく三尺玉)の音だったのです。20:30と21:15にあがる
2発のうち、20:30打ち上げの音だったのです。私の家は打ち上げ地点から
2.5kmくらい離れています。10号はさほどいい音では聞こえないのです
が、30号は別格でかなりおなかに響くすごい音で聞こえます。

 21:15は打ち上げ地点から2kmくらい離れたCVストアにいました。店
の大きな窓ガラスが爆発音の衝撃で歪むのが、写っている蛍光灯でよく分か
りました。

 原子爆弾は破壊力の大きさも桁違いなのだが、残された放射性物質によっ

て町が汚染されたり、被爆者の子孫にまで影響が出る等、長時間にわたりそ
の爪跡は消えない。実際に使わないとどうなるか分からなかったのかもしれ
ないが、2度と使ってはならないと思います。

被爆体験者は広島と長崎ばかりと思っている方が多いと思いますが、原子
爆弾を作った国で核実験をした地域の風下には同じような傷害に苦しむ人々
が大勢いるのです。USAはつい最近まで原子爆弾を爆発させた直後の場所
で戦闘訓練をしていたことを隠していたのです。

 ケント・デリカット氏の出身地で有名なユタ州は核実験場の風下にあり
(風上にはラスベガスがある)大量の死の灰が降り注いだと聞きました。俳
優のジョン・ウエインはこのユタ州での野外ロケが多かったために、放射性
物質を吸い込んで肺ガンになったという説もあるほどです。またウラン鉱石
の採掘抗の近くには原料ウランの含量が少ないために廃棄になったウラン鉱
石を土台に敷き詰めた家で生活している人がいます。いくら含量が少ないと
はいえ放射性物質を含有しているわけで、最悪の環境に違い有りません。

さらに悲しいのは生活している人が恐ろしさを認識していないということです。

 核兵器が廃止になったとしても、原子力発電所が稼働している限り、人類

は放射性物質の恐怖から永遠に逃れることはできないのです。青森県は大変
ですね。

長くなりました。最後まで読んでくれたのならありがとう。m(__)m ペコリ

pnは ミ^・.・^ミ ニャン です
    ↑猫のつもり    明るい声のDJいつまでも続けてね。


もこさん、はじめまして。

ヒルアヴェ、よく聴いてたんですが、

大学で埼玉行ってて(埼玉にははいらない)

新潟に帰省してるいま、よく聴いてます。

もう、何年も前から聴いてたのに

手紙とか出すの初めてでごめんなさい。

先程、「口先だけ」「そばにいる人も幸せにできない」

って嘆いておられましたが、

そんなことはないと思います。

自分は、もこさんの放送を聴いてて、

がんばらなきゃって思ったり、

今日のように考えさせられたり、

笑わせられたり。

でも、それって内容どうこうより、

もこさんが一生懸命だからだと思うんです。

ありませんか?

誰かが何かしてくれて、でも実は

小さな親切、大きなお世話だったってこと。

でも、結果としては助からなくても、

その気持ちがうれしくて、幸せな気分になるようなこと。

自分は小学校時代から陸上競技一筋で生きてきました。

でも、今は走れません。

アキレス腱の負傷でドクターストップがかかってしまいました。

もう、走れるようになることはないそうです。

でも、それで不幸に感じているかというと、そうではありません。

たしかに、走りたいとは思いますけど。

けがしてよかったというわけではありませんが、

けがしたことによって、いろいろな人から助けられました。

助けられたと言っても、脚が治ったわけではないですが、

その気持ちがうれしくて、多々幸せな気持ちになりました。

詳しいことはわかりませんが、

いろいろな人をしあわせにしていると思います。

少なくとも、もこさんの放送を聴いた後の自分はそうです。

            新潟県つよし 23歳 大学4年生


小方千恵さんの残念なお話を聞き、とてもショックに思っています。

私が、このHPに来はじめたころに、手術の成功の話題であり、私は何も協力もしていませんでしたが、インターネットでこんな事もやってるんだと、思ったことを覚えています。

あれから、きっと元気になられているのだなと思っていた分、とてもショックでした。

心からご冥福をお祈りします。

私は、7年前。かげがえのない大切な人を失いました。

とても心から愛し、尊敬していた大好きな父です。

忙しい仕事にも関わらず、家族を愛し、いつも考え、私とも遊んでいてくれていた父。

そんな父は、毎日のハードワークの影響か私が中学生の時、病気に倒れました。中学生ながらその時私は「あんなに仕事していたらあたりまえだ」って冷静に考えていました。

倒れる前後数年、私は父と会話した記憶がありません。毎日仕事・仕事。仕事のつき合いの飲み会。今考えても、かわいそうなくらいです。あんなに家族思いだった父が、家族と会話一つできないくらいの忙しさだったのです。

そして、病魔に冒され、闘病約3年。

それでも父は仕事をやめませんでした。入退院を繰り返し、仕事を続けていました。

父の仕事は、実は小さな村をまとめる仕事、村長職をやっていました。

村の事をいつも考え、村の為に・・・・と本当に自分の身体を犠牲にして・・・。

最後は、その仕事をやめると決意して、1,2週間後の事でした。

身体を支えていた何かがなくなってしまったのでしょう。

眠るように、息を引き取りました。

あの夜の事は、今でも鮮烈に覚えています。

私は父の死で、悲しみ・苦しみ・そして他人に対する憎しみさえ感じました。

(それは、父の仕事の関係でいろいろあったためです)

でもそれにも勝ったのは、家族の絆。そして、生きていくって事です。

それまで、ちょっとでも苦しい事があると、すぐに「しんじゃいたい」なんて思う人間でした。

しかし、父の死に直面し、父がどんだけ生きたかったか、どれだけもっと、もっといろんな事をやっていきたかったかを思うと、今まで軽々しく「死ぬ」なんて思っていた自分が恥ずかしくてしょうがなかったです。

その日から私は精一杯「生きる」事を頑張ることにしました。

その後友人が、落ち込んで「死にたい」なんて事を言ったりしたことがあり、

そのたびに私はよく本気に怒ってしまいます

「そんなに死ぬなんていうもんじゃない。生きたくても生きられなかった人だっているんだ!自分にある可能性を否定するなんて間違いだ。」って。それとあと一つ言葉を加えてしまいます。

「私はもう、大好きな人が目の前でいなくな

るのを見るのはまっぴらだ」って・・・・・・・。これは私の我が儘です。

生きるって事は、本当に大変な事です。

その大変な中を精一杯輝いていくって事が、大切なことですよね。

父は生きているとき輝いていました。

きっと千恵さんも、輝いていたと思います。

私もまだ鈍い光かとも思いますが、輝いてこれからも生きていきます。

ごめんなさい。ちょっと、感情的で何が何だ

かわからない文で申しわけないです。

P.S 実は千恵さんが亡くなられたという8月2日は、父の誕生日でもありました。

ちょっと、そんなことも思い出して、今少し複雑です。

もっとまともなこと書きたかったんですが、どうも感情先行の自分本位の文になってしまいました。すみません。

もしよろしければ、リクエストしていいですか?

石原裕次郎さんの「我が人生くいなし」です。

何かいかにもって曲で、選曲が悪いかもしれませんが、あの曲を聞く度、父の事を浮かべてしまいます。

父は他にもいろいろしたかったかもしれない。でも、もう十分に私たちにはいろいろ残してくれました。

だから、「くいなし」って思ってくれていいんだよ。

お父さん、精一杯がんばってたんだから。ゆっくり眠ってね。

私たちはがんばってるからさ。大好きなお父さん。

ごめんなさい。やっぱり、ちょっと感情的になりすぎました・・・・。

本当は千恵さんの事なのにね。

すみません。

                   REN


もこさん はじめまして!   

今日のテーマ すごく 重いですね。

わたしが、はじめて「死」と云うもに 直面したのは、約20年前に キュウちゃんが、死んだ時でした。

キュウちゃんは、鳥の九官鳥で とても、頭の良いトリでした。

当時、近所では 九官鳥が珍しく 色々な方が観にきていて

愛敬のよかった キュウちゃんに ご褒美として、乾パンの様なものを、食べさせたようです。

それを、喉につまらせて・・・

このあと、しばらくはペットを、飼わせてもらえませんでした。

キュウちゃんが、死んだあとの 私達兄弟の姿を観た 母が、反対してたようです。

その後、犬を飼っていますが、幼い頃に すごく貴重な体験をさせて貰ったと想います。

キュウちゃんの、死によって 命の大切さ 生きる尊さを教わりました。

             大分のBIN


ヒルアヴェは、仕事中に全く聞けず、もう一月以上ごぶさたです。 うちの近くでは、

>5日の深夜24:00から2時間 ミュージックバード系で サンディーのパーソナリティー

>総出演で平和を考える特別番組「広島平和記念日に寄せて」

をネットしている放送局がないので聞くことができず残念です。

「生きること」についてですが、 生きることって、心が生き生きとしていること。 心が生き生きとしていれば、自然と自信をもって生きていける。自分らしく生きていける。そして自分らしく死んでいける。

人って、誰もがいつかは消えてしまう命の炎を燃やしながら生きているんです。だからそれを、自分らしくどう燃やしていくか、そしてそれが消えそうになったときにどうするか、そこに生き方のすべてがかかっているように思います。

私自身、いつかは死ぬときに「生きててよかった」そう思える人生にしていくよう努力します。

それと、きょう8月6日は、広島に原子爆弾が投下されて53年目の日。 いまの日本は、不景気とはいえ、半世紀以上戦争とは無縁で、表面上平和で物質的に豊かな生活を享受しています。

でも、平和って、いまの我が身に戦争がないとか、そういう意味ではないはず。そして豊かって、モノがあふれていることって、そんなことじゃない。世界中には、戦争や内乱で苦しんでいる国、あるいは貧しさで苦しんでいる国、そんなところがたくさんあります。世界中の人々が、殺しあうことなく、貧しさにとらわれることなく、生き生きと生きていける世界をつくること。

そのために私たちになにができるのか。 大きなことはいますぐできないにしても、小さな力を集めればなにかを動かすことができるはず。 せめて、きょう一日そうしたことをみんなで考えていければと願っています。 まとまりのない文章になってしまいましたが、聞くことはできませんが、きょうの放送期待しています。

                            福岡の鉄分がほしいょ

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