セルゲイさんからのコメント(1998年08月06日 03時52分05秒)

死の価値について書きます。

それを意識したのは、これは不幸なことか幸いなことかわからないのですが、かの有名レーサーの死でした。

彼の死によって、逆に彼の生について思い返した時、その価値が、まるで絵の陰影のようにくっきりと見えてきたような思 いがしました。

私は、きっと、両親や肉親の死に直面すれば、それは泣くでしょうが、しかし基本的に死んだ人に対して哀れみは感じないところがあります。むしろ、その周囲の人には気を遣いますが、でも、死んでしまったものは仕方が無いと思ってしまうのです。死は必定であり、それに対して妙に臆病になったり、逆に憧れを持ったりすることは何か適当なことではないような 気がしています。

前に書いたレーサーについてですが、じそく300キロで走ることが、かれのいきざまのメタファーであり、そのものずばりであったわけですが、緩い左カーブを曲がれずに壁に激突してしまった彼のその事故の直前まで、彼は不幸であったかと いうと決してそうではなく、逆に彼ほど幸福な男はいなかったと思います。ただ、ほんの少しばかり、不「運」であったかもしれませんが。

そう、生死に関し、不幸も幸福も無いと考えます。

ただ、

死の価値、なんて、タイトルをつけてしまったこの文章ですが、それは逆にそれ以前の生の重さと等価ではあるでしょう。

何を成し遂げた、ということ以上に、どんな感じでエネルギーを使ったか。

いや、それすら、生きるものへの、ある瞬間に限っての戒めでしかないのかもしれません。

人間と例えば、雨がくる前急いで大軍で高いところに移動する蟻と本質的に何が違うというのでしょう。もちろん、まったく違うといいきれますが、それだけでもないでしょう。話は外れますが、今日の文明の行き詰まりは、蟻と人間の違いしか見ようとしなかったところにあると、蟻より人間がはるかに高度なものだというおごりから来ているような、本質的に等価であるという考えを持つにいたるセンスの欠如から来ている気がしてなりません。

何はともあれ、生きたものが勝ち。

いま、そんな風に考えています。

社会の秩序も、道徳も、そこから、どれだけ円滑に生きていくかという、いわば二の次のような気がしています。

死を隠蔽する事はあってはならないでしょう。死を隠蔽することは、逆に生の価値をも曖昧にしてしまう。

ただ、死の観念にとらわれている暇があったら、それ以前に、蟻のようにただ生きた方がいい。

この一年ほどに、私の両親の知った方等にも、若くして(50才ぐらい)亡くなった方が多い。

死者は何も言いはしないし、何も考えはしないけれど、ただ、彼らは我々に生を改めて思い出すチャンスを与えてくれているに違いない。そう思います。


富山のRunnerさんからのコメント(1998年08月06日 06時34分23秒)

私が「死」に接したのは、祖父の時。

最初は「肺炎だろう」と入院し、そのまま帰らぬ人となりました。

近所の病院に入院していた事もあり、祖父の危篤、そして臨終に側にいることができました。

医者の「ご臨終です」の声を聞いても、手はまだ暖かかった・・・。

この手に、その時の「暖かさ」、まだ残っています。

何となく、覚悟はしていても「いざ」となると何も出来ないし、する気力も 起こらなく、ぼーっとその後を過ごしていたのを、思い出します。

最後には「管」だらけの祖父。

これを見てなのか、祖母の時はギリギリまで家で看病していました。

その祖母も、祖父の死後3年で祖父の元へ旅立って行きました。

仲良かったのね、と実感しました。


下遠 与志市さんからのコメント(1998年08月06日 06時59分43秒)

もこさん、こんにちは。下遠です。

自分が「生きる」を実感したときは今年の1月の入院のときでした。

夜中の1時半ごろの胸の強い痛みで飛び起きてしばらくその痛みと 戦っていました。しかし、痛みが引くことがなく3時ごろに妻を起こして急遽近くの救急病院へ自分たちの車でいきました。

その間も痛みは引くどころかだんだん増していたように思います。

救急病棟に着いて診察した結果急遽1ヶ月の入院が必要。病名は 心臓に風邪のウィルスが侵入しておきる「心筋炎」と診断。

病名は妻から後で聞いたんですが、妻は自分の耳を疑ったそうです。そして、診察した先生は妻にこう言ったそうです。

「後1時間遅かったらだんなさんは手遅れになっていたよ」

蒼くなってしばし呆然となったと言ってました。

以前のFaxテーマに戦いがテーマになったときにも、この病気と 戦っている最中でしたのでこの病気と戦っていますよと書き込み しましたら、何人かの人からがんばってくださいと激励の書き込みがあってうれしかったです。

自分だけでは生きていけない。妻をはじめ家族、職場、地域、

そしてなによりもこさんとヒルアヴェリスナーのみなさんに生か

されている、しみじみと実感したときでした。

千恵さんはとても残念ですが、最愛の人に看取られて天国にいけ

たのが、もこさんのいうようにとてもよかったんじゃないんでし

ょうか。

これからは、千恵さんの生きてきた27年間の人生をリスナーみ

んなで無駄にしないように生きていきませんか。

もこさん、6日の放送はリスナーはもちろん千恵さんも聞いてま

すよ。がんばって素敵な放送してくださいね。

最後に、謹んで千恵さんのご冥福をお祈りします。


ミサキのハハさんからのコメント(1998年08月06日 08時03分55秒)

夏休みが始まってすぐに Eラジオの特番で尾崎亜美さんのコンサートを家族で楽しみました。

琵琶湖と比叡の夕日をバックに歌う亜美さん もう最高でした。

そんなコンサート前 一組の親子に声をかけられました。4年ほど前 私が未熟児集中治療室で働いていたときの患者さんで 当時 病院だけでなく日本でも最小の赤ちゃんだったと記憶しています。

未熟児集中治療室(NICU)とは 超未熟児が全県から運ばれてきます。まるで肉片のよう にサランラップに巻かれて運ばれてくる子供たち 正直 これから先 酸素ボンベを離せない子供や いろいろなハンディを背負って生きていく子供たちのために 私は本当に 手助けしているのだろうかと悩んだこともあります。

そんな彼女も大きく育ち お母さんに手を添えられて 私の娘の頭に手をやり 両手で顔をなぜて ニコッと笑ってくれました。実は未熟児網膜症のため目は見えませんが 心の目で私の娘に挨拶してくれたのです。

あの親子の笑顔を見て ほんとに 手助けができてよかったと 心から思えた一日でした。

彼女の耳には 亜美さんの歌声やもこさんの語りかけは 私たち以上に響いていると思います。

どうか これからも 歌い語りつづけて 彼女たちを励ましてあげてください。

リクエスト 尾崎亜美さんの 時に愛は お願いします。


カムパネルラさんからのコメント(1998年08月06日 10時42分01秒)

私は8ヵ月前、自分の腕の中で、母の命が消えるのを見ました。

さらに、その3ヶ月前16年間共に暮らした犬も同じく私の腕の中で・・・・・。

どんなに願っても、ろうそくの火が消えるように命は一瞬にそして静かに消えてしまうのです。

後はただ、抜け殻がゴロッと存在するだけなのです。

死と言うものが存在しないかのように人々はふるまっていますが、すべての人が死ななければならないのは事実です。

死や老化のプログラムは避けられません。死が必然なら、ストイックに受け入れるべきでしょうか?

紀元前ヘレニズムの時代と同じような疑問ですね。

休みごとに渓流で釣りをしていた人が、死を間近に控え、もう一度、川のせせらぎが聞きたいと、生命維持装置をはずして川に行き、せせらぎを聞いたそうです。

 この場合、寿命は縮まりましたが、人生も短くなったのでしょうか?

私が一番好きな言葉は、「考えたことが多ければ多いほど、成し得たことが多ければ多いほど、それだけ君は生きたことになる。」という言葉です。

 生きるとは、どれだけ長く生きたかという時間的な問題だとは思いません。

それよりも、どう生きたかが重要だと私は考えます。

サルトルは「生に意味がないわけにはいかない、自分自身で生の意味を作らなければならない。実存することは、自分の存在を自分で創造することだ。」と言ってます。

私たちは、日々を充実させ、生を全うしなければいけないのではないでしょうか。


カムパネルラさんからのコメント(1998年08月06日 10時44分12秒)

● 死や人生についての言葉(参考までに)

フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ(1844〜1900)

 「死は、現在と生存を横領する。」

ジクムント・フロイト(1856〜1939)

 「あらゆる生のあるものの目指すところは死である。」

レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452〜1519)

 「わたしは、いかに生きるかを学ぶだろうと思っているうちに死ぬことを学んでしまった。」

エピクロス(BC341〜BC270)

 「死は、我々となんらかかわるところがない。なぜなら、我々が生きているかぎり死は存在せず、死が存在する時は我々

はもはや生きていないからである。」

マルティン・ルター(1483〜1546)

 「死は人生の終末ではない。生涯の完成である。」

チャールズ・チャップリン(1889〜1977)

 「世の中に避けられないものが二つある。それは、生と死だ。」

ハンス・クリスチャン・アンデルセン(1805〜1875)

 「すべての人間の一生は、神の手によって書かれた、お伽話にすぎない。」

ジェイムズ・バリー(1860〜1937)「ピーター・パン」等

 「死ぬことは、おそろしくでっかい冒険だろう。」

フランシス・ベーコン(1561〜1626)

 「死は、誕生とまったく同じように自然である。ひょっとしたら我々にとって死が苦痛であるように、赤子にとって誕生

は苦痛なのかもしれない。」

ドストエフスキー(1821〜1881)

 「人間は、死を恐れる。それは、生を愛するからである。」

ゲーテ

 「三千年を解くすべをもたない者は、闇のなか、未熟なままにその日その日を生きる。」

デカルト

 「我想うゆえに我あり」

カント

 「考えたことが多ければ多いほど、成し得たことが多ければ多いほど、それだけ君は生きたことになる。」

ニーチェ

 「一歩一歩進むだけが人生ではない、きちんとしすぎているのは気が滅入る。」

ショーペンハウアー

 「人生は粗いモザイク画のように離れてはじめてその全てがわかる。」

ジャン・ジャック・ルソー

 「生きる事とは、呼吸する事ではなく活動する事だ。最も長生きした人とは、最も長く歳月を生きた人ではなく、最もよ

く人生を体験した人だ。」

サルトル

 「私たちは役を仕込まれていない役者のように生を即興で演じなければならない。人間の自由は、人間にとって運命であ

り呪いである。」

 「生に意味がないわけにはいかない、自分自身で生の意味を作らなければならない。実存することは、自分の存在を自分

で創造することだ。」


T−yamaさんからのコメント(1998年08月06日 10時50分00秒)

>あなたにとって 「生きる」はなんですか?

人生28年、深く考えたことはありませんが「人間」が「生きる」とは

「この世に存在するありとあらゆる生命(植物全般・動物全般・人間)との共生」だと考えます。

「生かされている」ということです。「食物連鎖」はご承知のとおり、 自然界における生物が食う食われるの関係で鎖状につながっていることで、植物は草食動物に、草食動物は肉食動物に食べられます。教科書に載っていたピラミッドを思い出されるでしょう。

例えば鳥や草食動物が植物の実・種を食べ、他の地域へ行き糞をします。その糞の中にある植物の種からまた、新しい命が誕生します。草食動物が異常に繁殖しないのも、肉食動物が生きていくため、それらの最低限の間引きをおこなっているからであり、肉食動物が異常に繁殖しないのも、同じ肉食動物間で間引きをおこなっているからでしょう。

しかしながら、人間がこの世に「生」を受けてから、この食物連鎖(ピラミッド)が少しずつ崩れようとしています。

人間がこのまま植物(森林)の過剰なる伐採や草食・肉食動物の異常とまで言える密猟をおこなって いけば、必ずや自分で自分の首を絞めていくことでしょう。

我々はこの世に「生」を受けたからには、これら自然界に「生かされている」ということを、 頭の片隅に置いておく必要があるのではないでしょうか。

地球を守ろう!という言葉は私にとって大きすぎます。皆さんや私の身近にある自然を守る・壊さない、 汚さない、こういう小さくて当り前の考え・行動が大きくつながっていくことで、保たれるわけです。

そのためにも、ピラミッドの頂点に立つ人間は、自然界を大切にして欲しいと切に願うのです。

生意気いってスミマセン。


米沢のSATOSHIさんからのコメント(1998年08月06日 11時27分58秒)

もこさんこんにちは、「今日のテーマ生きる。」

折りしも、今日8月6日広島に原爆が、投下され多くの人たちが戦争の犠牲として亡くられた日に 大変重いテーマだと思います。

最近、インドとパキスタンが核実験を行い、今日のニュースでは、アフリカの某国が内線で戦火の報道が流れていました。

日本も、戦後五十年以上が過ぎ、戦争を体験した人々よりも戦後生まれの人が多数を占めるように なってきました。

もちろん、私もその中の一人ですが、平和な日本に育ち戦争の欠片も知らないで過ごせる私たちに取って、今でも、交通戦争・受験戦争などと戦争という言葉が生まれてきました。

私たち人間が生きていく上で戦争という言葉が亡くなる日はこないのでしょうか。

戦争の他にも、毎日のように、人が殺されたり、オウム事件、カレー毒物混入事件、人が人を殺める、 という、争いは日々繰り替えされています。

私の廻りでも、人が死に、子供が産まれ、日々生と死が繰り返しています。

人間は、必ず死が訪れ。

自分でも、生きている証として、何かを残せれば良いと考えていますが、なかなかなにをすれば 良いかわかりません。

最後に、意味不明でなんのテーマかわからない文章になってしまいましたが。

今のもこさんは、「生きる」を充分に堪能して人生を過ごしていらっしゃると思います、ヒルアベェを通じて、色んなゲスト及び人々の出会い、又別れ(恋人とも)を繰り返し、そんな人だから私たち 視聴者にも、もこさんの暖かさが伝わってきます。

もこさんには、ラジオを通じて私たち視聴者にいろいろな情報と楽しい時間を与えてくださり ありがとうございます。

今後も、ちょっとエッチでセクシーな、もこさんに出来る限り長くヒルアベェを続けて行ってくださるよう、お願いします。


サラさんからのコメント(1998年08月06日 11時44分10秒)

もこさん、私が「生きる」と言うことを初めて認識したのは、ある方の「死」に直面した時かもしれません。

葬儀には何度も何度も参列してきたはずなのに、その方の葬儀の時にはいわゆる「悲しい」思いだけではなく、 葬儀に至るまでのその方の生き様を必至で反芻していました。

どうして自ら死を選んでしまったのか、死を選ぶ以外なかったのか、ご家族の存在や私達の存在は何の支えにも ならなかったのか、一体何がそこまで苦しい思いをさせたのか、、、、、なんで一人で死んじゃったんだろう?

淋しくなかったのかなぁ、悲しくなかったのかなぁ。

精神的に強いとか弱いとか、それだけの問題なんでしょうか。

私にはまだまだわかりません。

ただ言えるのは、私達は「生きる」しかないんじゃないでしょうか。

決して「死」に向かっているのではないと思っているんです。向かっていっても、何もないはずです。

「生きる」ことの延長線上にこそ「死」があるのだろうと思っています。

だからこそ毎日、毎日、大事に大事に生きていくことしか無いんじゃないでしょうか。

終わりは突然やってくるかもしれません。

どんな終わり方になるのかわかりませんが、私達に唯一出来ることは「生きる」ことじゃないでしょうか。

なぜだか分からないけれど、笑ったり泣いたりします。この感情はなんでしょう。

生きるためのアイテムなのかもしれません。

自分が生きていく為だけでなく、周りの人をも生かしていく為の道具なのかなぁ、とも最近思えてきました。

小方千恵さんも、私が存じ上げている方も精一杯生き抜いたのだと思います。客観的に見れば、或いは同列に語ることを快く思わない方もいらっしゃるかもしれません。

ですが、私にとってはお二人ともまっすぐに「生きる」ことを全うされたと思うんです。

自殺は良くないです。いけません。許されません。

しかし、とても身近な方が淡々とご自身で生き続けた姿を思うときに「かなわないなぁ」と溜息が出るんです。

誰にでもは、当てはまらない感覚かもしれませんね。

難しいテーマでした。まとまりがつかないです。混沌としています。

いろんなことを考えてみるのですが、もしかすると私達は「生きている」というよりは「生かされている」のかもしれませんね。どう考えても自分の力だけでは生きていないような気がするんです。

少なくとも、生きているからこそこうしてあれやこれや考えていられるんですよね。


もうじき満月さんからのコメント(1998年08月06日 11時49分25秒)

こんにちは 生きるのついて

僕も以前ゲストで来られた徳永英明さんの言葉を思い出します

“もし神がいるとすれば その人自身が乗り越えられない試練は与えない

 だからどんな事でも乗り越えられる”という言葉を

僕はこの言葉に励まされ、気持ちが楽になった気がしました

自分自身の「死」に対する考えは持っててもかまわないと思うけど

人の死に対して勝手な推測をしたりするのは好きではありません

人の死に対しては ただ冥福を祈るだけです

ずっと病気と隣り合わせで生活してたりすると

周りの人に心の中の感情を全て伝えるのって難しく

相手優先に考えて心の中で押し殺してしまう感情も少なくない

いっつもふたつの感情があり現実に引き戻され答えを出してく

その状況になって初めて知るものがあって その人にしかわからない事がある

偉そうに書いてるなと思う人がいると思うけど 僕がそうだから・・・

暗い内容になったけども 前に書いたように乗り越えられない事なんてないはずだから

生きるって自然な事なんだ


ひろポンさんからのコメント(1998年08月06日 12時22分58秒)

母のお腹の中にいたときから「この子はどうもおかしい」というのが分かっていたらしく

「既に3人子供がいるし、38才だし、もうこの子はあきらめた方がいい」って言われていたそうです。

母自身も少々足が悪かったし、裕福ではなかったのに、母は私を生んでくれました。

結局、生まれた私は「骨形成不全症」という病気だったのですが………。

小さい頃は、いじめられたり、逆に特別扱いされたりで「なんで生まれてきたんだろう」なんて 思ったこともあったけど、20才を過ぎた頃からかなあ 本気で「生まれてきて良かった! 産んでくれてありがたい!」と 思えるようになりました。

以前、さんまさんが子供の名前に「いまる」と付けたのは「生きてるだけでまるもうけ」から

とった、とおっしゃっていましたが、同感です。

「生きて」いるからこそすべてを感じることができる。それが 幸福というものだけでなく

悲しい事だったり、辛いことだったとしても、永遠に続くものではないし、生きているからこそ感じられるんだ、って思うと、本当にきっとこの一瞬一瞬が奇跡の時間なのでしょう。

「私」が生まれたのは、決して偶然や「たまたま」ではないと思います。うちの父は戦時中

東京にいて、あの東京大空襲の中をどうにか生き延びることができたそうです。もし、、、、、と 考えると、やっぱり私が今こうして生きていることはとてつもない奇跡なんだとおもいます。

「私」が生まれる為には、先祖代々の人達やその周囲の人達があってこそ、ですよね。

やっぱり ヒトは支え支えられて生きているのですね。(対人間だけではなく)…………


ハッシーさんからのコメント(1998年08月06日 12時35分22秒)

 「生きる」ということは、「死んでいない。」ということとは違うと思う。

もこさんのいうとおり、やはり主体的に自分で選んで求めていくものだと思う。ただ、求めても得られない場合が人生のおいて何度と無くあります。そんなときは、やはり落ち込んだり、自分は駄目だと思ってしまったり、死にたいなんて思ってしまったりします。

もちろん求めてそれを得られるということは最良だといえます。しかし、求めてそれを得られなかったということは、「その次に良いことである」と僕は思います。

医学部受験にに失敗し、会計士試験に失敗し、税理士試験もあきらめたにもかかわらず、性懲りもなく働きながら司法試験を目指す、26歳の男より。

もう一つ追加です。最近若い人の自殺が増えているそうですが、自殺を考えている方に聴いて欲しい。

女の子に振られて自殺するのはやめて下さい。こんな事言ったら怒られるかも知れませんが、きれいな女性、かわいい女の子、セクシーな女性は世の中に5万といます。今、あなたを振った女の子よりももっともっとかわいい子はいくらでもいます。あなたの人生をかけるのは、その子にしておきましょう。


  子猫さんからのコメント(1998年08月06日 12時42分50秒)

 

生きるについてですが、それは、人間だけの問題ではありません。

ちっちゃな虫から、それらのいる地球まで、今みんな生きています。

生を受けた以上死は訪れるわけです。

私事で、申し訳ありませんが、先日から、家の猫が家出をして、私はとっても心配なんです。

家の前はおっきな道路があるので、車がすごく早いスピードで走っていくのです。

人間を轢いたら、色々問題になるのに、猫や犬などの、動物を轢いても何の問題にもなりません。前の猫も、家に帰ってく

る途中で、車に跳ねられたらしいのです。(遺体は、結局見つかりませんでしたが、近所の方が教えてくれました)

今回のテーマとは、違うかもしれませんが、私の身近で感じれる、生とは、大事なペットなのです。人間よりも寿命が短かい分たくさんの死を見てきました。生きている時は、感じなかった安らぎが、いなくなって始めて気づくのです。

そんな存在に私もなりたいです。

千恵さんは、一生懸命に病魔と闘ったと思います。

今は、ゆっくりと休んで欲しいです・・・


ひびきつくねさんからのコメント(1998年08月06日 13時52分48秒)

むずかしいことは、よくわかんないです(汗)。

みんなが、楽しく、意義ある生き方ができれば、それでいいです。

もちろん、自分のことを「大切!」に思うように、他人のことも考えられれば……。

やっぱし、理想論ですかね?

「終わりよければすべてよし!」

辛くたって悲しくたって、最期くらいは気分よく逝きましょうねっ


対馬陽子さんからのコメント(1998年08月06日 14時18分09秒)

 

今日はたまたま休日なので、のんびり聞いています。久々のもこさんの声、元気が出ます。

2年前の9月、私は久々に小学校時代の同級生と会いました。かつての、クラスメイトの

お葬式で・・。ごぶさただった友達から電話がきて「○○君が死んだんだよ」と知らされ

て、葬式に一緒に行く事にしたのです。ガンだったそうです。遺体に対面した友達の話だと、小さい頃から体格の良かった彼が、痩せ細って別人のようだったと言っていました。

葬式に集まった同級生達で、懐かしい話に花を咲かせました。小学校の時の文集の話、

遠足の思い出…。できれば、幸せな集まりで会いたかった。

そこで、私が思った事。私達位の年でもガンで死ぬんだ。大学の頃は、車の事故で亡くなった

人の話はよく聞いたし、自業自得だと突き放す事もできました。でも、ガンとは…。凄く、

ショックでした。だから、というか、それでも、というか、私は、これからはやりたい

事をやり、言いたい事を言い、生きて行くんだと決めたのです。ただのわがまま娘と言われ

るかも知れない。でも、明日どうなるか解らないのだから、今日一日生きて良かった、

楽しかった、ありがとうと思って眠りたいと思っています。まだまだ未熟者だから、

充分とは言えないのですが…。

最後になりましたが、小方さんのご冥福をお祈りします。


ふりいとさんからのコメント(1998年08月06日 14時47分32秒)

こんにちは、もこさん。高知のふりいとです。

「生きる」とは、ということを考えるには、「死」ということと対比させることでより深い意味を知ることができます。

人間は何故死ぬことを怖がったり、嫌ったりするのでしょうか。

バリ島ではお祭りで華やかに死者を笑顔で送り出すということを私は知っています。そこでは死ぬことは忌み嫌う存在ではありません。

人が死を恐怖し、嫌うのは、自我、自己意識に囚われているからに他なりません。

これまで生きてきた中で得られた知識、情報、それに基づく自分という概念、自分という存在を取り巻く環境、人々、それらとの決別が淋しい、自分という存在が、それまでの蓄積にもかかわらず、消滅してしまうのではないのかという虚しさ、もっと卑近な例で言えば、愛する人との別れや、お金と言うものへの欲望が断たれてしまうという執着心、といったものに囚われているのではないでしょうか。

しかし、人間も含めて全てのものは滅することはあらかじめ運命づけられているのです。これは動かしようのない真理です。

私達は死ぬために生きていると言っても良いでしょう。

死んでしまう、滅してしまうのなら、初めから生きている必要はない、存在する必要は無いのではないか、という理論は その真翌良く理解して、他人のことを思いやる気持ちが有るかどうかが、同じ箸という道具を使ってこれほどの差が生まれることになるのです。

いかに生きるかということは、その人個人にまかされていますが、自分のこと、自分以外のもののことをよくよく理解しもしないでいると、自分から地獄を産み出すということを心に留めておいてもらえたらと思います。


JAPさんからのコメント(1998年08月07日 00時21分11秒)

はじめまして

今日は営業車のなかで聴いていました。時々、仕事のやる気が失せる(!?)というより考えてしまう テーマがありますね。今日なんかもそうでした。

私は生きるという言葉に非常に自然なそれでいて前向きな感覚をもっています。あまり『死』という言葉が浮かんできません。もちろん死が消極的だとも思ってはいませんけど。

生きてることで味わう苦しみってあるじゃないですか。私は非常に鈍感だからか、あまり感じることもないんです。でもタマニそう思ったりもする訳ですが、そのとき私はこれは乗り越えるべき試練なんだ なんて間違っても思わないです。厭なものは厭ですよね。

大学時代の先輩が在学中に重い病でなくなったとき、非常に悲しかったけど生きてる私が立派に生きてるかといえば、そうでもない気がします。自分自身勿体ないなと思うこと多いですから。俺が生きてるより先輩が生きてる方がいいんではないか。そう考えることもあったけど、そう考えることこそ馬鹿にしてるでしょ、自分を。

決して開き直ってる訳ではありません。辛島さんが言っていたように絶えずその時の出来事、考えたことが私の背中を押してくれています。忘れることはないでしょう。前に進むのも自分、立ち止まるのも 自分、さあ明日もがんばて仕事しよう。


J−Walkerさんからのコメント(1998年08月07日 08時05分13秒)

生きるって・・・・

人が言うより難しくって、自分が思うより簡単なんだよね

そんでもって、人が死んだ時にその人の価値が評価されるんだよね

だけど、人が死んだ時ってそれをおおやけにしようとしないんだよね

せめて、周りにいた人だけでもことある毎に悪口でもいいから、話題にすることで

その人の「生きてきた」ということに、価値が出てくるんだと思うんだよね


サムさんからのコメント(1998年08月07日 17時48分20秒)

俺はいままでに2回死んだ。

でも十何時間におよぶ手術で命は助かった。そのかわり代償として

歩けなくなってしまった。

ながいリハビリの末、なんとか一人で生活できるようになりやがて恋を

して結婚をし、子供を3人もうけました。

ところが何という天の悪戯か、今度は妻との別れ。まだ子供が小さいというのに・・・

でも俺は負けない。  俺を頼っている3人がいる限り・・・・


A24さんからのコメント(1998年08月08日 19時59分00秒)

人間って自分の為だけには頑張れないような気がします。誰かの為にって

気持ちがあって始めて頑張って生きていけると思います。便利な生活に

慣れてしまって誰かを思いやるって気持ちが希薄になっているから「自殺」

する人が多いのではないのでしょうか。

生きているだけで値打ちがあると思います。


うめさんからのコメント(1998年08月06日 13時38分32秒)

こんにちは。「生きる」って今の私には重大なこと。こんなに今まで「生きていたいって」切実に思ったことはないです。来週の月曜HIV検査の結果が分かるんです。2年前、援助交際でいろんな人と交渉をもちました。その 時はエイズとかHIVなんて頭の中になかった。新しく始まったドラマ「神様、もう少しだけ。」を見て、心底不 安になったんです。頭の中が真っ白になって、精神的にも不安定で、極度の「うつ」状態になったり、ストレス性の胃炎で今もたくさん薬をのんでます。健康な体と、健全な精神は常に一体のもの。私にはそのどちらもない。もし検査結果が黒だったら、今愛している人の子供も産めないし、結婚すらできないです。自分から身をひいて、どこかでひっそり暮らすのかな。最悪の事態ばかりを考えて、「生きていたいって」心からそう思います。もし今 援助交際とかで不特定多数の異性と交渉を持っている人が居たら、私は言いたい。

「それでいいの?本当に後悔しない?」って。私みたいに、後になって後悔しても何にもできないんだよって。神様に祈る前に必ず何か出来ることがある。はずです。そうおもいませんか?もこさん?


聡志さんからのコメント(1998年08月06日 21時16分05秒)

こんにちは、

最近、医学のホームページでアメリカの医療機関で試験的にエイズ治療が進み、

ごく一部(新種のエイズ)のエイズを除き完治までに医療が進んでいるようです。

希望を持って生きていってください。

若いときには、色々と無茶なこともしますが、あなたの人生は、これからいくら

でもやり直しが効くと思います。


RENさんのコメント(投稿日:1998年08月06日 18時59分55秒)

        今日の放送を聞き終えて

相も変わらず、リアルタイムで聞けないRENです。

今日の放送今聞き終えました。

「生きる」そして「死」ということ・・・。

いろんな方の意見をたくさん聞き、改めていろいろと考えて

おります。

「生きる」ということの大変さ、「死」と「生きる」の境、

そして、考え方。そして「生きる」輝き。

数々の意見が渦巻くなか、とても難しい話題だったと思うけど、

この討論は意義のあったものだと思います。そういう意味で、

今日の放送は良かったように思います。

その中で、私が感じたこと、2.3点書かせて頂きます。

今、生きる気力がないといった方のはなし。

そうですね。そういう時って必ずあるように思います。

これは本当に自分自身の問題で、人にどうこう言われても、

何か受け止められない時がありますね。

なのに私はそういうときに、ついつい感情的になって、

きついこと言っちゃうんですよね。励ましてるつもりなんだ

けど・・・・。これはちょっと反省です。

言ってるときの自分は、その子のことを思ってるんだけど、

よく考えると逆に負担になっちゃったりするんだよね。

難しいよね、こういう時って・・。

後、「残されてしまった人」の事。

これは、とても考えてしまいました。

誰よりもその方々の悲しみっていうのは、計り知れないもの

がありますよね。それを乗り越えていくまでの、時間って、

とても辛くて、やるせないものと思います。

私今でも覚えていること。

父が死に、何ヶ月かしたある日。

学校の図書館で試験勉強をしていた時に、友人がふと私に、

言いました。

「よく泣かないね」

その瞬間、何だかわかんないけど、停まりました。

顔は笑ってたかもしれないけど、心が停まってました。

どう思って彼女がそういったかはわかりません。

「強いね」って意味だったかもしれません。

でも、私にとっては、忘れられない言葉になってしまい

ました。

やっぱりだめだあ・・・。こういう話題になると、

感情優先になって訳わからなくなります。ごめんなさい。

長々と書いてしまいました。

最後に、私は今を生きていくつもりです。

理想は死ぬとき「いろいろあったけど、楽しかったよ」

って思える生き方です。


やっちさんのコメント(投稿日:1998年08月06日 20時47分05秒)

今日のテーマ生きるを聞いて

いろんな意見を聞いて、命に対する尊さに対して世代でかなりのギャップが有るんじゃないかと思いました。

以前読んだ本で、自ら命を絶った者は再び輪廻転生は行えなくなるというものでした。では、その人たちはどうなるかというと、永遠に賽の河原で他の亡くなった人を供養する為と、自分の行い(自殺)を悔い改める ために石を積み続けるそうです。

それだけ、自ら命を絶つと言うことは罪なんだということの教えだと思います。

(ただし、これは健常者の場合だけかも?)


すもつく れんさんからのコメント(1998年08月07日 00時17分11秒)

放送を聞けなかったので、的外れな意見かも知れませんが・・・・

最近良く考えること。自殺ってそんなにいけない事なのだろうか?

自分の死ぬ瞬間にまで責任を持ちたいと思えば、こんな選択も十分「有り」なのでは?と思います。

何でこんな考え方になったのか、自分でもわかりません。

でも、年老いてボケてゆき、自分が自分であることさえもわからなくなってしまって死ぬよりも、 自分はこうありたいと言う強烈な意思の元、死ぬまで自分だけは完全に管理したい、そう思います。

明日は、自分で自分の意見に反論のRES入れてるかも(笑)

時々自分の考えることが、極端に二極化してしまう・・・・。


たざきふゆりさんからのコメント(1998年08月17日 00時06分29秒)

はじめて書き込みします。

久しぶりにもこさんのHPへ来て、彼女が亡くなったことを知りました。

やはり私の意見も的外れかもしれませんけど。

私はこんなことも考えたことがある。

「この世に生き続けても私なんか意味のない存在だから、いてもいなくても

この世の中が変わるわけではないのだろうし、いなくなってしまおう」と。

「自殺」を考えた。

別に人生につらいことがあったわけではなかった。

ニュースで自殺の報道があるたび、原因は「○○を苦に〜」なんてあったりするけど

必ずしもそうじゃないのにな、といつも思う。

今ではうでもないかもしれないが医療現場じゃ「延命治療」なんてのがあるし。

私は家族に「意味のない延命治療は拒否するからね」と言っている。でも実際にはどうなるのか。

「安楽死」もひとつの手段だが今の状況では医師に罪が掛かるらしい。

健康な心身で生きているにしても、いつ何時何があるかわからない。ひょっとしたら

そこで死んでしまうことになるかもしれないし。

だから、私は、「今を精一杯行きよう」と思ってるんですよ。そしたら少しでも長く輝く(?)人生を

送れそうな気がしてくるんです。


最後になりましたが、「生きる」をテーマに選ばせてもらったきっかけの浜川さんの書き込みです。

投稿番号:24317 投稿日:1998年08月04日 17時41分35秒

お名前:はまかわ

生きる事について・・・・・(告別式のご報告)

浜川@管理人です

本日、正午より山口県下関市富任町というのどかで小さな町で”小方千恵さん”の告別式がありました。

インターネット通じて、また”ヒルサイドアベニュー”を通じてこの活動をご支援してくださった皆様に代わりましてこの告別式に参加して参りましたのご報告させていたただきます。

今日の下関は日差しが痛いほどの猛暑でした・・・しかしそれにも関わらず沢山の方々が参列されていました。

これも小方千恵さんのお人柄だと思います。

厳粛に読経が行われた後、喪主である千恵さんのご主人、小方誠治さんがご挨拶されました。 ここに全文掲載する事はできませんが・・・・・

まず千恵さんを支援してくださった皆様へ丁重なご挨拶。そして千恵さんの闘病の報告。そして最後に千恵さんと 過ごした、そして戦った8年間の想いを、あふれる涙を必死に押さえられながらのご挨拶でした・・・・。

本当に胸を締め付けられるような挨拶に、ご主人の千恵さんに対する想いが伝わってきました。

そして最後に、本当にすがすがしく”お疲れさん、千恵”と言われた一言がとても印象に残っています。

その後、焼香となったのですが、その際に初めて誠治さんとお話する事ができました。

これはボランティアに参加する時に決めた事なのですが、インターネットで支援して頂ける皆さんと同じ立場でいたいと言う想いがありましたので、闘病生活中には、千恵さん、そして誠治さんにも会うことをご遠慮してきたのです。

それが・・・・こう言う初対面になるとは・・・・きっとお会いできるときは”完治”された時だとずっと信じてきましたので。

誠治さんが私の目を見ながら穏やかな口調で

”本当にありがとうございました、全国の皆さんに支援された事、ラジオ番組に出演された事、千恵は本当に喜んでいました。ありがとうございます”と・・・・・。

これは正直辛かった。この言葉をこんな形で誠治さんから聞きたくはなかったです。

元気な千恵さんから聞きたかった・・・・そんな想いが胸をしめつけていました。

この後最後のお別れという事で棺に花を添えました。そこには遺影の明るく元気で満面の笑顔でピースサインをしている元気な頃の”千恵さん”代わらない、安らかで、まるで眠っているような”千恵さん”が横たわっていました。

そして参列者の慟哭の中、千恵さんはご自宅を出発されました・・・・。

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思えば、小川もこさんとの出会い、そしてこの”小川もこの伝言板”を開設した事、

インターネットを通じて、時間や場所を越え全国の皆さんと命について、移植手術について、ボランティアについて 語り合えた事。

インターネットを職業にしている私にとっては、インターネットの中に”人間の善意”が存在した事。インターネットとはコンピュータと語るのではなくて、コンピューターの向こうに存在する人間と触れ合う事。

千恵さんを通じて本当に数えきれないほどの沢山の事を学ぶことができました。

そして何より、”人間は人間によって生かされている事”この事を実感できた事は何よりも大きな財産となりました。

日常生活していると人は自分自身で”生きている”という錯覚にとらわれます。

しかし本当は、地球という大きなコミュニティーの、日本と言う名コミュニティーのそしてその中の県、市、町、そして学校や職場・・・そしてもっと小さな”家族”というコミュニティーの中で、絡み合い、縺れ合い、そして 離れながら支えあい”生かされている”と言う事。皆さんの暖かい善意に触れるたびに本当に自分の傲慢さに気づかされました。

”生きているのではなくて生かされている”という謙虚さ・・・・人間は時に傲慢にならざる得ない状況もたしか にありますしかし決して”生かされている”という謙虚さを忘れてはならない。そう実感しています。

本当に千恵さん・・・このような形で終った事は本当に残念で、悔しく思います。

しかし私たちには、まだ退屈な日常がまっています。どれだけ悲しんでも、時間をと止めることは出来ないし、どれだけあがいても時を逆転する方法を持っていません。ですから千恵さんが精一杯病気と戦ってきた事柄から少しでも学ぼうとする行為を許してください。

インターネットを通じて、ヒルサイドアベニューを通じて、小方千恵さんを支援して下さった皆さん、小川もこさん、ヒルサイドアベニューのスタッフの皆さん、FM山口の皆さん心より感謝申し上げます。

このような形で私が挨拶をしければならなくなった事ご容赦ください。皆さんの善意は誠治さんの言葉にありましたが千恵さんに届いていました。そして最後まで病気と戦うチャンスをあたえて下さった事。心より感謝申し上げます。

そして最後にご家族の方々、誠治さん・・・そして私をこのボランティアに加えてくださった福田さん、”守る会”の寺山会長に感謝申し上げます。

千恵さんがラジオをインターネットを通じて投げた”種”はきっと日本中の色んな街角で色んな家庭でしっかりと大地に根付く事を確信しています。きっとそこに”千恵さん”が息づいていると・・・そう信じています。

本当に皆様への感謝の気持ちはどれほど語っても語り尽くせませんので、このあたりでご報告を終わらせていただきます。

もしできうるなら、下関という小さな街で病気と精一杯戦った、女性の事を忘れないであげてください。

そして今回救えなかった一つの命の代わりに、貴方の周りので困った人を見かけたら、是非手を差し伸べてあげてください。

ご家族の方、そして今回この活動を支援してくださった方々、そして千恵さんに、もっともっと想いを伝えたいの

ですがこれ以上言葉では伝える事ができません・・・・ですから、もこさんできましたら、トム=ウェイツの”ブルーバレンタイン”と言うアルバムの中からSome Whereという曲を流していただけないでしょうか??

ミュージカルで有名なウェストサイドストーリーでも歌われた曲できっとごこかに平和で、のどかで、共に学べる場所があるから・・・・・そんな歌でこの気持ちを伝えたいと思います。

それでは本当にありがとうございました。

1998.8.4 pm 5:48 Tips事務所にて千恵さんのご冥福を祈りながら・・・

浜川 豪児

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P.S. 「小方千恵さん支援する会」は皆様からいただいたご芳志を、千恵さんと同じ ような境遇で苦しんでいる方々に役立てていただくことが皆様のご厚意を生かす道であり千恵さんの遺志を継ぐものだと考えています。近日中に討議・検討しながら少しでも多くの方々の気持ちに報いる方向を模索してゆきたいと思います。

上記に付随して募金の使途に関する情報は近日中に整理しHPで情報公開する事で最後の責任を遂行したいと思いますのでよろしくお願いいたします。


福田さんからのコメント(1998年08月05日 10時57分09秒)

告別式でお会いした浜川さんのやさしい笑顔の向こうに、支援してくださったたくさん

の皆さんの姿が見えた気がして、はりつめた気持ちがフッと抜けると同時に、胸にグッと

こみ上げるものがありました。私自身、人に“生かされていること”を実感しました。

浜川さん、もこさん、そして支援してくださった皆さん本当にありがとうございました。

残念ながら千恵さんは他界されましたが、私自身、大事なことに気づかされた気がしています。

非情な現実が目の前に立ちはだかったとき、どう生き抜くか?

人生に失望し、絶望の淵にたたされたとき、どう生き抜くか?

希望を捨てず、人生を生き抜くという人間の強い“意志”が必要なんだということを。

この世に生まれいずることは奇跡です。でもその人生を生き抜くことに奇跡はありません。

千恵さんは自らの苦難を正面から受け止め、「生きたい」と願い、病と闘い、多くの人たち

に支えられて27年の人生を生き抜いたのです。

支援してくださった皆さん、千恵さんの27年の人生に拍手を送ってあげてください。