7月8日(木)ファックステーマ メールで到着分 (7/13追加)
日の丸・君が代の国旗・国歌法案について
私は長野県の県立高校の教師です。
教育の現場でこの問題がいかに深刻な影を落としているかぜひ聞いてもらいたいと思っています。
私が教師になった今から15年前、私の勤務していた学校には卒業式も入学式も「日の丸」掲揚や「君が代」斉唱はありませんでした。自由で何でも教師同士、教師と生徒がものを言い合える雰囲気がありました。
しかし、学習指導要領によってこれが教育の現場に強制されるようになると、ほとんどの校長は「学習指導要領の法的拘束力」という一点に固執し、「なぜ生徒が主人公の儀式に「日の丸」や「君が代」が必要なのか」という本質的な議論をしないで、校長の権限で学校に強制する立場に立ちました。
それ以来、毎年毎年卒業式や入学式には重苦しい長時間の職員会が付き物になりました。そして多くの学校で管理職と教職員の間に対立としこりが残りました。そしてこの問題でいくら発言をしても結局は校長の権限ということで押し切られるということが続くと職員の中には「物言わぬ雰囲気」が作られていくでしょう。教師が自分の意見を言わなくなったとき、一体どのような教育が行われるようになるのでしょうか?非常に心配しています。
野中官房長官の発言でもこの問題が学校での「日の丸・君が代」の押しつけに法的な根拠を与えるためということが明白です。学習指導要領には「入学式・卒業式などにおいてはその意義をふまえ、国旗を掲揚し、国歌を斉唱するよう指導するものとする。」となっています。今度の法案は「国旗は日の丸、国歌は君が代」ということだから当然学校現場にいっそうの強制力が働く事になるでしょう。政府が「今までと変わらない」というのは待ったく欺瞞です。
もっと議論をしましょう!今日の番組のようなマスコミの働きかけ 大賛成です。 長野県長野市 Kさん(高校教員38歳)
さて日の丸、君が代でありますが・・・
どちらも「絶対反対!」であります。
どうして今それを法制化しないといけないの?
私が反対するのは左翼のような
「戦争で使われた象徴をもう2度と使うべきでない」
というセンチメンタルな理由からではありません。
「そのごり押しがまかり通ってしまう国は民主国家とは言えない」
という危惧からなのです。
もともとこれが国旗、国家扱いされてきた理由が、
慣習法という立場をとったごり押しでしょう?
ならば昔からこの2つが国民に認知されていたのでしょうか?
いや、富国強兵策の一環として軍隊がごり押しで押し付けたものです。
日の丸なんて元々は海運(郵便)のマークだったらしいじゃないですか。
それが軍によって昔からの象徴とすり返られたのです。
そして戦後、文部省によって再び押し付けられているのです。
それがまかり通っては国民には国家からの防波堤が無くなってしまうと
思いませんか?
この法案を通してしまえば国際世論でも
「日本の再右傾化である」と叩かれても文句は言えません。
そうして日本との外交を優位に進めようとしている国は
沢山あるのですから、その意味でも得策ではないと感じるのですが。
新潟の「ピョン」さん
沢山の戦争を経験してきて、これらが戦争を連想させて
しまうかもしれないが、だからこそ変えないほうが良いの
ではないですか。
逆に、変えてしまったら、アジアの国々から、
日本は、昔の過ちを忘れてしまったといわれそうですね。
今の日本は、沢山の過ちの上に立っている、それを
忘れない為にも国旗は「日の丸」、国歌は「君が代」が
良いのではないかと思う。
法制化まではしなくても良いと思うが、なぜこれがダメ
なのか分からないですね。
どこの国の人だったか忘れましたが、こんなことを言って
おられました。(アジアの国の人だったと思います)
「日本では、国旗を揚げないの、なぜ日の丸を揚げないの」
「あなた方は、自分の国が好きではないの」
国旗国歌に誇りが持てないという話がありましたが、
国内の悪いところだけ見て、この国はダメだと思っているの
ではないか。良い所も有るのですが。
ただの好き嫌いだけで、良い悪いと決めているように
私には感じられる。
私も国旗は日の丸、国歌は君が代だと小さな時から
疑いも無く信じ、今もこれ以外には考えられません。
だからと言って、軍国主義では有りません。
考えがまとまっていませんが、分かって頂けますか。 kojiiさん